和歌山地方裁判所新宮支部 昭和46年(ワ)53号 判決 1974年10月25日
原告
藤井良
被告
和歌山県
事実
一 当事者の求めた裁判
(一) 原告
1 被告は原告に対し金三〇〇万五、四七八円とこれに対する昭和四五年一一月四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決ならびに仮執行の宣言。
(二) 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決および原告が勝訴し、仮執行宣言が付される場合には、その免脱の宣言。
二 当事者の主張
(一) 請求原因
1 (本件事故の発生)
原告はつぎの交通事故により負傷した。
イ 発生日時 昭和四五年一一月三日午後四時四〇分ころ
ロ 発生場所 新宮市新宮六、九二二番地先市道上
ハ 加害車 普通乗用自動車(パトカー)
運転者 新宮警察署勤務竹内俊彦巡査
ニ 被害車 自動二輪車(スクーター)
運転者 原告
ホ 事故態様 路上に停車中の被害車前部に後退してきた加害車後部が衝突
ヘ 傷害 頭部、顔面、右腎部、右背部打撲、脳震盪症、鞭打損傷
後遺症 頭痛、頸部痛、両上肢のしびれ、耳鳴り等
2 (帰責事由)
本件事故は、警察職員である右竹内巡査がその職務の執行として本件加害車を運転中にひき起したものであるから、被告は、自賠法三条に基づき、同事故による原告の損害を賠償すべき責任がある。
3 (損害)
本件事故により、原告はつぎの損害を被つた。
(1) 治療費 金九〇万五、四七八円
前記傷害ならびに後遺症の治療のため、原告は昭和四六年二月九日から昭和四七年一一月一七日までの間に四二七日間米良医院に通院して治療を受け、治療費として、合計金九〇万五、四七八円を支払つた。
(2) 逸失利益 金六〇万円
原告は小口金融業を営み、一カ月金一〇万円の収益を得ていたが、本件事故のためその収入は半減し、少くとも金六〇万円の得べかりし利益を喪失した。
(3) 慰藉料 金一二〇万円
本件事故は、前記竹内巡査の一方的過失により発生したものであり、諸般の事情に照し、原告の慰藉料は金一二〇万円が相当である。
(4) 弁護士費用 金三〇万円
4 (結論)
よつて、原告は被告に対し、右損害金合計金三〇〇万五、四七八円およびこれに対する昭和四五年一一月四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 請求原因に対する被告の認否
1 請求原因1の事実中、への点は不知(ただし、原告が何らかの負傷をしたことは認める。)、その余は認める。
2 同2の事実自体は認めるが、本件事故当時竹内巡査はパトカーによる交通取締勤務に従事していたものであり、公権力の行使にあたつていたものであるから、被告に対し自賠法三条の責任を問うことはできないと解すべきである。
3 同3の事実はすべて争う。なお、原告主張の治療費の支出については本件事故との因果関係を争う。
(三) 被告の抗弁
1 (権利の濫用)
原告は本件事故当日である昭和四五年一一月三日から同月六日まで森岡医院に入院し、その後昭和四六年一月七日まで同医院に通院して治療を受けたが、依然として耳鳴り等を訴えていたため、同医院森岡医師は原告に対し精密検査を受診するよう指示をした。しかるに、原告は、被告の度重なる要請にもかかわらず、右医師の指示にしたがわず、被告に対しては治療機関名をも秘匿し、主観的愁訴をもとに個人医院で受診し、徒らにその治療期間を長びかせ、飲酒のうえ、「県から何百万円もの賠償をとつてやるのだ」と公言する等、全く不誠実、不協力の態度で事に処してきたのであり、かかる不誠実な態度により拡大した損害、すなわち、昭和四六年一月八日以後に生じた損害については、権利の濫用としてその賠償請求権の行使が許されないものというべきである。
2 (過失相殺)
仮に右主張は理由がないとしても、原告は、医師の指示によらず、自己の都合で前記森岡医院を退院し、その後もスクーターを乗り廻す等慎重な治療態度を欠き、これが事故後の病症を悪化させた原因であるから、損害額の算定についてはこの点を斟酌すべきである。
(四) 抗弁に対する原告の認否
すべて争う。
三 証拠関係〔略〕
理由
一 (本件事故の発生、帰責事由)
原告主張のとおりの交通事故により、原告が負傷したこと、同事故は新宮警察署勤務竹内俊彦巡査が、その職務の執行として本件加害車を運転中にひき起したものであることは当事者間に争いがない。
しかるところ、新宮警察署に勤務する巡査が地方公共団体たる被告所属の職員としての身分を有することは公知の事実であり、また、弁論の全趣旨によれば、被告が本件加害車を所有し、これを自己のため運行の用に供していることが明らかである。
そうとすると、被告は、本件加害車の運行供用者として、自賠法三条により右事故による原告の損害を賠償すべき責任があるものというべきである。
なお、本件につき、自賠法三条の適用はない旨の被告の主張は採用しない。
二 (原告の損害)
(一) 治療費
〔証拠略〕を総合すると、原告は本件事故後その負傷治療のため直ちに森岡医院に入院し、顔面打撲兼擦過傷、脳震盪症、右背部打撲傷の診断を受けたこと、同医院には昭和四五年一一月六日までの四日間入院し、退院後引続き、昭和四六年一月七日までの間に三二日間通院して治療を受けたこと(なお、この間に要した医療費は被告において支払ずみ)、その後、頭痛、頸部痛、両上肢のしびれ、耳鳴り等を訴えて同年二月九日米良医院で受診し、米良湛医師により鞭打損傷の診断を受け、以後昭和四七年一一月一七日までの間に四二七日間同医院に通院して治療を受け、合計金九〇万五、四七八円の治療費を支払つたこと、もつとも、右原告の症状については確たる他覚的所見がなく、右治療も原告の訴えに対する対症療法にすぎず、右の訴えが心因性の症状である疑いも充分存することが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
しかるところ、原告に真実そのような症状が発現していたことは、右のような長期間にわたる通院治療を受けていた事実からこれを推認するのが相当であり、また、〔証拠略〕によれば、それらはすべて本件事故後に生じたものと認められるから、本件事故に起因するものと推定せざるを得ない。
そうとすると、原告主張の後遺症が心因性の症状にすぎないとしても、そのことの故に前記治療費の支出と本件事故との間の相当因果関係を否定することはできず、右治療費相当額は本件事故により生じた原告の損害と認むべきである。
(二) 逸失利益
原告が金融業を営むものであることは〔証拠略〕により明らかである。
〔証拠略〕中には、原告は本件事故による負傷(後遺症)ならびにその治療のため右業務を充分に行うことができなかつたという趣旨の供述部分があるが、〔証拠略〕によると、原告は、森岡医院退院後間もなくスクーター(自動二輪車)を運転して集金業務等に従事していたことが認められ、この事実およびその業務の性質に照すと、〔証拠略〕は措信できず、他に森岡医院退院後原告にその業務にさしさわりのある傷害、後遺症が残つていたものと認むべき証拠はない。
また、当初の入院による減収の存否、数額を認むべき証拠もないから、原告主張の逸失利益はこれを認めることができない。
(三) 慰藉料
本件事故の態様、原告の傷害、後遺症の部位、程度、その治療経過、その他本件に顕われた諸般の事情(ただし、次項記載の事情を除く。)を考慮すると、本件事故による原告の精神的苦痛を慰藉すべき額としては金六〇万円が相当である。
三 (被告の抗弁について)
〔証拠略〕を総合すると、原告は、森岡医院で治療を受けていた間にも頭痛、右耳鳴り等を訴えたため、昭和四六年一月七日、森岡実太郎医師は原告に対し和歌山県立医大、新宮市立市民病院等で精密検査を受けるよう指示し、紹介状を作成して交付したこと、しかるに、原告は自ら進んで右精密検査を受けようとしなかつたため、新宮警察署警備外勤課長川上幸弘らが度々右受診を要請したがこれを拒絶し、同年二月三日、ようやく右市民病院で受診することを承諾したものの、その中途において苦痛を訴えて以後の検査を拒否したこと、その後間もなく前記のとおり米良医院に通院するようになつたが、その当初、原告との示談交渉等にあたつていた右川上幸弘らに右医院名を秘匿していたこと、以上のような経過から右川上らは原告の態度に不信を抱き、被告に対し過大な請求をすべき方策ではないかとの疑いをもつに至つたことが認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない。
(一) 被告は右のような事実を基礎として、昭和四六年一月八日以後に生じた損害にかかわる部分の請求は権利の濫用にあたると主張するが、原告が意図的に治療期間を長びかせたと認むべき証拠はなく、また、精密検査の拒否と損害の拡大との間の因果関係も証拠上不明というべきであるから、右認定事実の存在を考慮しても、なお、原告の右請求部分を権利の濫用として全面的に排斥することはできないものと解される。
(二) つぎに、被告は、損害拡大についての原告の過失を主張するところ、原告が森岡医院退院後間もなくスクーターを運転して出歩いていたことは前記のとおりであり、また、〔証拠略〕によると、原告の右退院は医師の指示によるものではなく、業務の多忙等自己の都合を理由とするものであつたことは認められるが、そのために原告の病症が悪化し、治療期間が長期化したものと認むべき証拠はないから、この点に関する被告の主張も失当である。
(三) しかしながら、交通事故の被害者たる者は、特段の事情のないかぎり、医師の指示を誠実に順守して負傷の治療に専念し、できるかぎり損害の拡大を防止すべき責務があり、その過程において加害者側の疑惑を招くが如き態度を避けるよう努むべきは当然といわねばならない。
しかるに、原告は、前記認定のとおり、特段の事由もないのに医師の指示による精密検査を拒否し、その後の受診医院名を秘匿する等して、過大請求をなすべき方策ではないかとの疑惑を被告側に生ぜしめたものであり、かかる事情は、原告の真意如何にかかわらず、損害拡大についての過失を認め得る場合と同視さるべきであり、損害額算定につき斟酌することができるものと解するのが相当である。
そこで、これらの事情を考慮し、前項認定の原告の損害合計金一五〇万五、四七八円からその一割五分を控除した金一二七万九、六五七円をもつて、被告が賠償の責に任ずべき金額と認めるのが相当である。
四 (弁護士費用について)
〔証拠略〕によると、被告側は当初から本件事故による賠償問題を示談解決すべき意向をもつていたもので、原告が森岡医院を退院した後のころから、原告に対し、前記新宮警察署川上警備外勤課長らを介して再三にわたり右意向を伝えていたこと、その間に、被告側においては、前項記載のような原告に対する疑惑の念を抱くに至つたが、なお示談解決の意向を捨てず、昭和四六年六月ころには一応の賠償額を試算してこれを原告に示したこと、しかしながら、原告はこれを拒否するのみで、自己の要求額を提示することも、また、被告側の示談交渉に対する自己の態度、方針を明確にすることもないまま本訴を提起(同年一一月一五日)するに至つたこと、被告側は原告が本訴を提起した後も昭和四七年三月ころまでなお示談解決の方針を捨てていなかつたことが認められ、右事実に〔証拠略〕を総合すると、原告において前記被告側に疑惑を抱かせるような行動を避け、少くとも右疑惑を解くように努め、自己の態度、方針を明確にしたうえ、必要な資料を提示する等して誠実に被告側からの示談交渉に臨んだならば、訴訟を提起するまでもなく、本件賠償問題は解決し得たであろうことが推認できる。
そうとすると、原告主張の弁護士費用については、本件事故との相当因果関係を欠くものとして、被告に対し賠償請求をなし得ないものというべきである。
五 (結論)
以上により、原告の本訴請求は、本件事故による損害の賠償として、被告に対し金一二七万九、六五七円とこれに対する事故の翌日である昭和四五年一一月四日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから認容するが、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
なお、仮執行免脱宣言の申立については、これを不相当と認め、却下することとする。
(裁判官 尾方滋)